『FANATICISM』

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由美子は夕食を終えると、女中に紅茶を頼み自室に戻った。

 

しばらくすると紅茶の香りとともに女中がやって来た。
盆の上には舶来のカップと一通の封筒が置かれていた。
ありがとう、一言礼を言うと、もうお休みなさいと優しく微笑んだ。

封筒に相手の名前はない。
由美子はデスクナイフで封を切ると、中の便箋をそっと取り出した。

 

『拝啓由美子奥様

突然このようなお見苦しい手紙をお出ししたこと、誠に申し訳なく、どうかお許しくださいませ。

私は藤木英介と申す者でございます。と名乗ったところで貴女様にはまるで見当のつかぬ名でございましょう。

私は一目見たその時から、盲目的に貴方様に恋焦がれている愚かな学生でございます。

気色の悪いなどとおっしゃらないで下さいませ。私は貴方様の御邸宅の目前の古びた下宿から、御庭でお犬様とお戯れになる貴方様のお姿などを毎日眺めては、心締め付けられる思いで日々暮らしております。』

 

由美子は多少困惑しながらも悪い気はせず、窓のカーテンを開けると外に目をやった。

 

「確か、あの二階家は下宿だったはず…」

下宿アパート

 

この辺りでは名の知れた資産家の豪邸。
庭を取り囲む石塀の向こうの寂れた古アパートを、由美子は少しの興味と少しの困惑を持ちつつうかがった。

下宿の全ての窓には明かりが灯っていなかった。

 

『先日などは、貴方様がご主人様のお叱りを受けてお泣きになるお姿を見て、ご主人様を許せない、殺してやりたいなどと恐ろしいことまで考えてしまったのでございます。』

 

由美子は恥ずかしい思いを感じながら「そんな事まで見られていたなんて…」そう呟いた。

 

『しかしそれと同時に、湧き上がってくる今まで感じたことのない感情を、私は抑えることができなかったのでございます。

それが何であるのか、己に問うてみても答えが見つからないのでございます。

答えが見つからないままに、それからと言うもの、私は己と葛藤しながらも、不謹慎にも貴方様の泣き顔だけを追い求める様に、そのお姿を眺めておったのでございます。』

 

古びたパンダの置物

由美子は自分でも分からないが、先程までとは違う何かを感じはじめていた。

 

『貴方様の泣き顔。貴方様の泣き顔。どうしたら拝めるのだろう。
そう思っては、再び御主人様の叱咤はなかろうか、御庭の草花でそのお美しい手を切っては、お犬様が死んだらどうであろう、果ては御邸宅が火事にでもなればなどと…』

 

「何てひどい事を…!」由美子は恐ろしさと同時に少しの怒りを覚え、思わず口走った。

 

『…考えておるのでございます。
何と愚かな男でしょう。貴方様のお怒りの様子を察しております。

しかしどうすることもできないのでございます。
貴方様の泣き顔を、貴方様のご不幸を願い、こうして手紙をしたためている今も、その様なお姿を想像しては胸高鳴らせてしまうのでございます。

この様な事実を知ったら、きっと許していただけるものではございませんでしょう。
否、許して頂く訳にはまいりません。私は最低の人間でございます。
否、魔物が住み着いた悪魔でございましょう。

もはや私にとって、生きている事それ自体が大いなる恥であり、この世にいてはならぬと心得、この手紙をしたためた後、私は首を吊ることに致します。

そして、由美子奥様、どうか最後のお願いでございます。

私は死んでもなお、あの世には行かず、永久に貴方様のお側で、その泣き顔を、ご不幸を拝ませて頂く所存でございます事、お許しくださいませ。

申し訳ございませんでした。』

 

「!…何故…この様なひどい事を…」

不気味なおぞましさにがたがたと身体を震わせている由美子は、はっとしてもう一度下宿の方を見た。

明かりの灯らぬ窓から、首を吊った男がこちらを見ている様で、恐怖のあまりその場で卒倒した。

 

不気味な森

 

「やったぞ!」

男は小さく、しかし力強く、感嘆の声を上げた。

男の右手にはオペラグラス、左手には何度も読み返されたであろう、ぼろぼろになった一冊の本が握られていた。その本には

「江戸川乱歩 人間椅子」

そう記されていた。

 

解説…というか言い訳…

小冊子にイラストを送ってたころだったか、やめてからだったか、姉が個人的にイラスト集みたいなものを作るということで1枚頼まれた。

 

紫邪イラスト集 紫邪イラスト集

 

最初から文章ものを頼まれたのか、イラストを頼まれたのかは忘れたけど、ショートストーリーみたいなものを書いた。

紫邪イラスト集のショートストーリー

このショートストーリー自体はいつ書いたかは忘れてしまったけど、もともと長い文章のものを書いてあって、それを姉の作品集用に手直ししつつ、短く詰めて(1ページだけだったので)書き直した。

江戸川乱歩を読み漁ってたころに書いたんだと思われ、そういう匂いプンプンだけど、短くするためにそういう匂いを残しつつ、乱歩を読んだことがなくても説明しなくても分かるように?手直ししたつもり…

…だったんだけど、やっぱり乱歩、小説「人間椅子」を知らない人には最後は意味不明なんじゃないかと…w

 

というか、知ってる人には、それはそれでイタい感じになってる気もするし、やっぱりはしょり過ぎな気も… (T_T)

 

要は乱歩マニアの男が、資産家のお人好しの奥様にしかけた架空の恐怖、みたいな感じ?

…て説明しなくちゃいけないお話って… orz

 

今回書き起こして、せめて… って感じでちょっと不気味な画像を挿絵的に使って逃げたw

助かった…のか?

 

ショートストーリーもあと2、3こあるので、今度そっちも書き起こそうと思ってる。

 

多賀新さんのカバーもしびれる!
著:江戸川 乱歩, 監修:落合 教幸 :外務省書記官夫人である佳子は、美しく才能豊かな女流作家としても知られていた。そんな佳子の元へある日長文の手紙が届く。それはある男からの告白であった……。
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